「褒める教育」の落とし穴──”幅”と”自分軸”を育てる視点
はじめに

現代の教育現場では、「叱るより褒める」というアプローチが主流となっています。子どもの自己肯定感を高め、やる気を引き出すという目的のもと、多くの保護者や教育者が「褒めること」の効果を実感しているのも事実です。しかし、この「褒める教育」には、見落とされがちな重要な落とし穴が存在します。
褒める教育の隠れたリスク

褒められなかったとき、子どもは”マイナス”に感じてしまう
「褒めること」は確かに子どもにとってプラスの体験です。しかし、それに慣れすぎてしまうと、褒められなかっただけで”マイナス”と感じてしまう子どもが増えています。
本来であれば、褒められる=プラス、褒められない=プラマイゼロという認識が健全です。ところが、褒める教育に慣れた子どもは、「褒められない=自分はダメなんだ」と無意識に変換してしまうのです。そして、少しでも否定的な評価や叱責があると、極度のアレルギー反応を起こしてしまう——これはまさに「褒められて育った子」の現代的な課題と言えるでしょう。
他人軸への過度な依存
こうした状態では、子どもの自己評価が「他人の言葉」に強く依存してしまいます。常に周囲の評価を気にし、他人軸の中でしか自分を保てなくなってしまうのです。これは、将来的に大きな問題となります。
社会に出れば、常に褒められる環境ばかりではありません。むしろ、厳しい評価や批判を受けることの方が多いかもしれません。そうした時に、他人軸でしか自分を評価できない人は、精神的に不安定になりやすく、挫折から立ち直ることが困難になってしまいます。
真の教育とは「幅のある経験」を提供すること

感情の温度差が人を強くする
教育で本当に大切なのは、「褒める」か「叱る」かの二択ではありません。その子がどれだけ”幅のある経験”を積めるかという視点こそが重要なのです。
人は、プラスだけでもマイナスだけでも偏ってしまいます。だからこそ、以下のような多様な経験が必要です
- 褒められてうれしい経験:自信と達成感を育む
- 叱られて悔しい経験:改善への意欲と忍耐力を養う
- 褒められないけれど頑張った経験:内発的動機を育てる
- 失敗したけれどやり直した経験:回復力とチャレンジ精神を身につける
こうした感情の温度差を体験することが、人としての器やタフさを育てていくのです。一定の温度の環境だけでは、変化に対応する力は育ちません。
具体的な実践例
例えば、子どもがテストで良い点数を取った時
- 単純に「すごいね!」と褒めるだけでなく
- 「どの部分を特に頑張ったの?」と過程を聞く
- 「次はどんなことにチャレンジしてみたい?」と未来志向の質問をする
また、子どもが失敗した時
- 「ダメね」と否定するのではなく
- 「何が難しかったか教えて」と状況を理解する
- 「今度はどうしたらうまくいくと思う?」と解決策を一緒に考える
このように、褒める・叱るという単純な二分法ではなく、子どもの内面的な成長を促す関わり方が重要です。
“自分軸”と”他人軸”のバランスを育てる

教育の本質は軸の使い分け
教育の本質は、「褒める」「叱る」といった方法論にあるのではありません。”自分軸”と”他人軸”をどう育て、どう使い分けられるようにするか——ここにこそ、子どもの長期的な成長を支える鍵があります。
自分軸とは、自分で自分を認める・律する力のことです。これは、タフさや安定した自己肯定感の源となります。一方、他人軸とは、他者の評価や期待に応える力で、協調性や社会性に必要な能力です。
両軸の重要性と使い分け
この2つの軸は、どちらかに偏るのではなく、状況に応じて行き来できる柔軟さが必要です。
例えば
- 仕事で結果が出ないとき:上司の評価だけでなく「自分なりに頑張った」と思えるか?(自分軸)
- チームプロジェクトの時:メンバーの意見を聞き、協調して進められるか?(他人軸)
- 誰かに怒られたとき:その意図を理解し、冷静に受け止められるか?(両軸のバランス)
こうした判断力や切り替え力は、子どものうちにこそ育んでおきたい「人生の土台」なのです。
自分軸を育てる具体的方法
自分軸を育てるには、以下のような関わり方が効果的です
- 内省を促す質問
- 「あなたはどう思う?」
- 「何が一番楽しかった?」
- 「どんな気持ちになった?」
- 過程への注目
- 結果よりも努力の過程を認める
- 小さな改善点を見つけて言語化する
- 子ども自身の気づきを大切にする
- 選択の機会を与える
- 日常の小さなことでも選択させる
- 失敗しても責めずに学びの機会とする
- 自分で決めたことの責任を持たせる
現代社会における教育の課題

デジタル時代の影響
現代の子どもたちは、SNSやゲームなど、即座にフィードバックが得られる環境に慣れています。「いいね」の数や順位など、数値化された評価に依存しやすい傾向があります。だからこそ、数値では測れない内的な価値観を育てることが重要です。
競争社会とのバランス
一方で、受験や就職など、競争的な側面も無視できません。他人軸での評価も必要な場面があります。重要なのは、競争に勝つことではなく、競争の中でも自分を見失わない強さを育てることです。
実践的なアプローチ

家庭でできること
- 日記や振り返りの時間
- 一日の出来事を自分の言葉で表現させる
- 感情の変化に注目させる
- 親も一緒に振り返りを共有する
- 失敗を恐れない環境作り
- 「失敗は学びのチャンス」という価値観を共有
- 親自身の失敗談も話す
- 完璧を求めすぎない
- 多様な体験の提供
- 様々な分野にチャレンジさせる
- 得意・不得意両方を経験させる
- 年齢の違う人との交流機会を作る
教育現場での取り組み
- 個別の成長に注目
- 他者との比較ではなく、過去の自分との比較
- 一人ひとりの特性を理解した声かけ
- 多様な評価軸の設定
- 協働学習の充実
- グループワークでの役割分担
- 互いの良さを認め合う活動
- 異なる意見を尊重する経験
長期的な視点での子育て

将来を見据えた教育
子どもの教育を考える時、「今、この瞬間の子どもを喜ばせること」と「将来の子どもの幸せを考えること」は必ずしも一致しません。短期的には厳しく感じられても、長期的な成長につながる経験を提供することが、真の愛情ある教育と言えるでしょう。
変化する社会への対応力
これからの社会は、より変化が激しく、不確実性の高い時代になると予想されます。そうした中で生き抜くためには、外部の評価に振り回されない内的な安定性と、状況に応じて柔軟に対応できる適応力の両方が必要です。
まとめ 教育は”幅”と”軸”のバランスを整えること
結局のところ、「褒める教育」も「叱る教育」も、それ自体が良い悪いではありません。どちらも必要な要素であり、それをどうバランスよく体験させていくかが大切なのです。
重要なのは、”褒める””叱る”という行為にとらわれず、「経験の幅」と「自分軸・他人軸のバランス」を意識した教育を行うことです。
目指すべき子どもの姿
私たちが育てたいのは
- 他者からの評価に一喜一憂しない安定した自己肯定感を持つ子ども
- 同時に、他者の声にも耳を傾け、協調できる社会性を身につけた子ども
- 失敗を恐れず、チャレンジし続ける勇気を持つ子ども
- 困難な状況でも、自分なりの価値観で判断できる子ども
最後に
子どもの教育に正解はありません。しかし、「この子が大人になった時、どんな力を持っていてほしいか」という長期的な視点を持ち続けることが重要です。
褒めることも叱ることも、全ては子どもの幸せな人生のための手段です。”しなやかで強い”子どもを育てるために、私たち大人も学び続け、成長し続けていきたいものです。
それこそが、これからの時代に必要な教育の本質なのではないでしょうか。